KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

冬のマスク

 東北学院大の鈴木さんに呼び出されて、卒論発表会のコメンテーターをしにいく。富山から仙台までは一気に行くのは一苦労である。いろいろ行き方はあるだろうが、今回は、富山から羽田まで飛行機、羽田から東京駅に出て、そこから東北新幹線で仙台まで、というルートである。私は鉄っちゃんではないので、どんなルートでもいいから早く楽に着きたい。しかし、羽田に着いたところでなんだか疲れてしまったので、直接仙台に行くのはあきらめて、東京の実家に泊まることにした。

 実際、この時期に都会に出張するのは自殺行為である。絶対に風邪をもらって帰ってくる。最悪、インフルエンザをもらうかもしれない。そうでなくとも、今、上唇のあたりにヘルペスの前兆が現れている。これはいつでも、とりわけ冬に、体調がよくないときにこの場所に律儀に出てくるのである。冬の相棒といった感じだ。これがでると、このあとに風邪をひく確率が高い。電車の中でも、まわりじゅうの人が咳をしている。普段、電車に乗らない生活なので満員電車は苦痛だ。この環境はパーソナルスペースというものを完全に壊している。

 苦し紛れに、出かけるときに妻が持たせてくれたマスクをしてみる。マスクをするのは、小学校の給食当番以来のことではないだろうか。風邪のウイルスはマスクをしていてもすいすいと通り抜けてしまうということをテレビで見たような気がする。しかし、マスクの効用はウイルスを防ぐことではなく、心理的なものである。マスクをしていると、周りの人たちが、ごほごほ、げほげほ、やっているのと同じ空気を直接は吸っていないという錯覚を与えてくれるのである。これが実に安心させてくれるのである。マスクをしていれば、隣の人が咳をしても、「いいもんね、わしはマスクしてるもんね、ふふふ」というように実に心広い人になれるのである。あくまで心理的なものであるが。

 マスクをしたら、なんとなく帽子をかぶりたくなる。そして、サングラスをかける。そこまですればコンビニ強盗くらいはやれそうな気分になってくるから不思議なものである。