KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

日本心理学会大会@東大最終日

日本心理学会大会@東大、最終日。今日は午前中から出番あり。

心理学の情報化社会への貢献ワークショップ。

出番あり。今日のiBookはハングせずにプレゼンできた。やればできるじゃないか。久しぶりに気持ちの良いワークショップだった。内容も適度にバリエーションがありながら、散漫でなかったのは、企画意図がきっちり行き渡っていたからだろう。司会は、的確なコメントをちりばめ、まとめつつ、きっちりとタイムキープしていた。見事な司会ぶりに感動。

昨日、今日とプレゼンしてみて自分が気がついたのだが、今の私は「はい回る実践屋」なのね。すごいよ。研究者的なことが全然言えないんだもん。でもまあ、今は我慢の時期なんだ、たぶん。

実証に基づく臨床心理学シンポジウム。

イギリスでは、異常心理学、臨床心理学、心理療法、カウンセリングという4つの職種がきっちりと分けられ、専門化しているのに対して、日本では実は、異常心理学も臨床心理学もなくて、精神医学がこの代わりになっているのではないかという。

「箱庭なんていじっているのは時間の無駄!」と言い切る。同じ症状で医者にかかったなら、東京の医者だろうが大阪の医者だろうが基本的な処方は同じだ。しかし、これが成立しないのが臨床心理学の世界だ。

Randomized Controled Trialsを満たしたものだけをAレベルのエビデンスと認める。以下、B対照実験(ランダム割付なし)、C一事例実験、D事例研究、E専門家の意見と続く。臨床心理士は、エビデンスの集められたデータベースを参照しつつ仕事をしていく。

後ろ髪を引かれつつ、つぎの小講演へ。

調査、観察、準実験から因果関係を知る小講演。

これにはたくさんの人が来ていた。ニーズは高い。ランダム割付ができていたとしても、被験者が両方の処遇を同時に受けることはできない。だから、全員が統制群だったら、実験群だったらという推定をするのだ。ランダム割付をしていればその推定が楽だ。問題は、準実験で、その推定ができるかどうかということになる。結論から言えばできる。それはどの群を選ぶかをよく予測するような共変量を量っておき、それを用いて推定するということだ(式はよくわからないが)。とにかく準実験からでも因果がわかるのだ。すごいじゃないか。

最後のワークショップ。質的データはいかに有効か?

研究の焦点が変わりつつある。個人から文脈へ。リアリティのとらえ方について、論理実証モードから物語モードへ。真偽の問いから意味の問いへ。

社会心理学では90年代からMixed methodologyが提唱されていた。インタビュー(質的)で、仮モデルを作り、質問票を開発する。それを用いてランダムサンプリングによる量的データを得る。質的データによって、単純な解釈の危険性を避け、量的データによって、サンプルの偏りと一般化の危険性を避ける。

要は、Fact(論理実証主義)かMeaning(解釈主義)かということになる。

質的研究法のポイントは:

参与と観察の重み付け:下手に介入しすぎると変なものまで引き出してしまうよ。

サンプリング:どの事例をとったか、なぜその事例を取ったかがきちんと説明できること。つまり統計的サンプルに代わる、Research Questionに基づく理論的サンプルであること。「便利なサンプル」は論外だぜ。

データ分析:コード化、カテゴリー化、シーケンス分析。信頼性と妥当性は相変わらず必要。

一般化:シェアするために。事例の類似性と特殊性を見ていこう。

やまだようこさんと高橋恵子さんに「ドミナントストーリーを超えるためには? 超えすぎるとまたまずいみたいだが」という質問をした。やまださんは、発達心理学というドミナントストーリーを超えるのが私の目的、とすばらしく詩的な回答をもらった。すごい人だ。