KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

「人間の学習のメカニズム」をインストラクショナルデザインで明らかにする

人間科学学術助教
向後千春さん

東京都出身。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。早稲田大学文学研究科博士後期課程(心理学専攻)単位取得退学。早稲田大学情報科学研究教育センター助手、富山大学教育学部助手、講師、助教授を経て、2002年9月から現職に。教育心理学、教育工学(インストラクショナルデザイン)、作文教育が専門。著書・訳書に『教育工学を始めよう』(北大路書房)、『自己表現力の教室』(情報センター出版局)、『メディアサイコロジー』(富士通経営研修所)など多数

インストラクショナルデザインで学習のメカニズムを研究

 現在、教育工学の中でも心理学をベースにしたインストラクショナルデザインという分野に取り組んでいます。インストラクショナルデザイン(教え方のデザイン)とは、1960年ぐらいにアメリカで始まった「教え方」を研究する学問です。学習心理学を基盤に、どのような教え方をすれば最も効果的な教育効果が上げられるか、あるいは同じ効果を上げるのに、より効率的かつ魅力的な教え方は何かといったことを研究しています。教育の面白さを追求する、まさに実践的な学問分野だと感じています。

  現代社会は、書店には本があふれ、インターネットで検索すれば山のように情報が出てきます。このような時代には「自分で知識を吸収し、自分で実践に役立てる力」を身につけることが必要です。そのため、教育工学は非常に注目されている分野で研究者も多いのですが、心理学からのアプローチをする研究者は少なく、携帯電話やiPodなど新しい技術を教育に利用するといった技術主導型の工学的アプローチから研究をする人が主流となっています。私は、「このような工夫をするとこういう結果が得られるのでは」という仮説を立てて実際に実験を積み重ね、人間の学習におけるメカニズムを心理学的に明らかにしたいのです。これが私が教育に貢献できる部分だと思っています。

グループワーク主体の授業で教育の効果を学ぶ

 インストラクショナルデザインを研究している私の講義が、非効率で面白くないというわけにはいきません(笑)。そこで「出席をするからには必ず学習内容が身につく」という気迫で授業を行っています。そういうと、一体どんな講義内容なのだろうと思われるかもしれませんが、実は私からレクチャーするのは90 分のうち最初の10分程度だけ。残りの時間は6人ずつのグループワークに費やしています。簡単な教材を自分たちで作り、それを他のグループに試してもらいます。グループワークも15分以上続けると集中力が続かなくなるので、常にタイムマネジメントを行って、中間報告をし、次のテーマに移ります。だから講義は騒がしい。初めて見た人は「なんだこの講義は」と驚くかも知れません(笑)。100人以上の大人数クラスでグループワークを行うのは全国でもあまり例がないようでよく「苦労されるのでは?」と聞かれますが、講義の始めに明確な指示さえ出せば、後は学生が自発的に動いてくれます。グループの中でそれぞれの役割を決めさせ、全員に緊張感を与えることがポイントです。このような形態で全体を構成するとあっという間に90分が終わります。

 講義の最後には学生一人一人に「大福帳」と呼ばれる厚紙に、学んだ内容と感想を記入してもらい、出席簿代わりにしています。この記述を読むと講義を理解しているか否かすぐわかりますし、コメントを記入して返却することで学生とコミュニケーションも図れます。大福帳を利用し始めてもう4〜5年ほどになりますので、このようなフィードバックによる教育効果についても近々研究発表をしたいと考えています。

邪魔をしない教育

 教育を行う上で心掛けていることは、とにかく「邪魔をしない」ということです。大人数の授業では学生たちを厳しく締め付ければ効率よく運営できると考えられがちですが、実は逆なんです。なるべくコントロールせず自主性に任せられるように支援をしなければならない。学生を信頼すればするほど、学生達はそれに応じてきちんと取り組んでくれます。ルールとタスクを与え、その中で完全に自由な状態で学習に取り組めるようにするのが大学の授業のあり方だと考えます。そういう意味で「邪魔をしない」ということが重要だと思います。

 また、生涯教育にも携わりたいと考え、学外の活動として一般の方や社会人の方を対象に作文教育の指導にも取り組んでいます。「自分のアイデアを、整った文章にまとめる」ことをテーマに、小論文を書けるまでに指導します。書くことに苦手意識を持っている方々にトレーニング次第で文章は簡単に書けることを知ってもらいたいですね。作文教育のニーズは大きく、自治体や団体などからの依頼を受け全国を巡っています。

あらゆる場面で役立つインストラクショナルデザイン

 インストラクショナルデザインは、あらゆる場面で応用が効きます。例えば、eスクールの学生で看護士をしている方からは「後輩の指導に悩んでいましたが、心理学的理論とインストラクショナルデザインの実践例を学び、現場に置き換えて考えるとしっくり理解ができ、指導に前向きに取り組むことができました」という声を頂きました。このように学生の皆さんには、私の授業で得た知識や考えを常に何らかの形で応用することで社会で役に立つ人になって欲しいと思います。社会に出て企業に入社すれば2、3年後には後輩を育てるという能力が求められるでしょう。そのような場面において自然にインストラクショナルデザインで学んだことを発揮して欲しいと願っています。