KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

ミスミの社内FA制度

 2日続けて、日記を書かずに寝てしまったが、きのうはなんとか書いた。しかし、いざftpしようとするとできない。どうやらサーバが止まっていたようだ。というわけで、日曜日の日記をさきほどアップした。で、今はきょうの分の日記を書いているというわけだ。そんな事情で、今回だけは2日分の日記を掲示。

 日曜日はよくTBSの番組「報道特集」を見る。今までは夕方6時からだったのが、いつの間にか5時半からに繰り上がっていた。これは番組の視聴率からいえば不利な移動だろう。堅い番組を応援したい。

 きのうの「報道特集」は、ミスミという会社の社内FA制度を取り上げていた。社内で(最近は社外からも)チームリーダーを募り、それを中心としたチームの採算によって、リーダーとメンバーの年俸やボーナス額が決まるという制度だそうだ。ボーナスは、黒字が出なかったチームはゼロとなり、黒字を出したチームは黒字額に応じてボーナスが算出される。もっとも良いチームのリーダーはいろいろひっくるめて5000万円をもらっていた。ミスミの社長以上の額だ。

 チームリーダーには誰でもなれるわけではなく、立候補して、自分の計画をプレゼンテーションしなければならない。それを評価された上でリーダーを任命される。さらに、リーダーになったとしても、手がけた事業が黒字にならなければ、厳しい報酬が待っていることになる。事業が当たるかどうかは、時の運という要素もあるので、一種のギャンブルである。それがボーナスなしから5000万円までの格差となる。同じように働き、努力しても、あるグループは黒字になり、別のグループは採算がとれない。それは非常に厳しい労働環境のように見えた。今はやりの結果責任の延長でどんどん進めていけば、こんなふうになるのかなあと思う。

 この会社のケースでは、グループ単位での採算が正確な数字となって出てくるので、システムとしてはクリアなものになっている。しかしたいていの会社では自分の働きがどれほどの数字に該当するのかがよくわからない。また利潤を追求しない、大学のような組織でも実は自分の働きがどれほどの値段に値するのかは誰も知らない。こうした事情が、保守的な会社や大学などの組織が俊敏に動けないひとつの理由になる。

 グループ単位の黒字額が、そのままそこで働いている人への報酬に跳ね返ってくる、という制度はクリアである。しかし、心理学の評価基準を援用すれば、ギャンブル性が強すぎるので妥当性が低い。一種のゲームである。つまり会社としては、社内からたくさんのゲームプレイヤーを輩出し、そのうち誰か一人でも大当たりすれば、会社は存続する。しかし、社内で見れば、「多くの敗者とわずかな勝者」という図式が支配する。実際、敗者となって会社を辞める人も出てきているという。

 ゲームであろうがなかろうが、ミスミは1番手間暇のかかる「社員をどう評価するか」というところのコスト削減に成功している。つまり決算をすれば自動的に評価が出てくるわけだ。普通の組織では、管理職が一人一人の社員の働きをチェックして、それでもなお不正確な評価しかできない。ミスミは少なくとも、評価システムを単純化したという点で革新的であったと言える。あるいはそこだけが新しい点であるとも言える。それはけっして洗練された方法ではなく、いわば「山分け」という原始的な方法であるように見えるのだが、そこに「結果責任」というシュガーがかけられている。