KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

【本】下仲順子編『老年心理学』:超・超高齢社会で重要となる心理学

2022年7月13日(水)

> 水曜日は本の紹介をしています。

下仲順子編『老年心理学』(培風館, 2012)は、初版が1997年で、改訂版が2012年に出されています。この本は包括的でバランスの取れた老年心理学の本です。

https://www.amazon.co.jp/dp/456305769X?tag=chiharunosite-22

国連では、65歳以上の人口比率が7%を超えると「高齢化社会 : Aging Society」と呼び、14%を超えると「高齢社会 : Aged Society」と呼んでいます。さらに、21%(7%の3倍)を超えると「超高齢社会」となります。日本は2020年の時点で、高齢者比率は28%(7%の4倍)を超えていますので、「超・超高齢社会」とでも呼ぶべき状態となりました。これは、スペイン、イタリア、ドイツ、フランスなどのヨーロッパの国々でも同じ傾向です。

こうした社会状況の中で、いずれ3人に1人の割合で社会を構成する高齢者の心理学を発展させていくことは重要な課題となるでしょう。この本の中で、私が特に注意をひかれたトピックをあげてみます。

### 高齢者の記憶

加齢とともに物忘れがひどくなると一般的に言われます。しかし、記憶の種類によって加齢の影響は異なります。作業記憶(一時的に保持する記憶)やエピソード記憶(特定の時間と場所での出来事)では加齢とともに衰退します。しかし、意味記憶(知識)や手続的記憶(動作)では加齢の影響はほとんどありません。

同級生の名前を思い出すという再生課題の成績は劣っていた一方で、同級生の顔と名前を一致させる再認課題ではほぼ正確でした。これは45年前の記憶(超長期記憶)がちゃんと機能していたということになります。

高齢者に自伝的記憶を思い出してもらうと、直近10年までの記憶が最も再生されやすいけれども、そこから頻度が落ちていきます。そして41-50年前(暦年齢で21-30歳)で再生頻度が上がる現象が見られます。また、0歳から5歳までの記憶はほとんど報告されません。

### 中年期と高齢期の心理的課題

ペック (R. F. Peck) は中年期と高齢期の心理的課題として次のものを挙げています。

中年期の4つの心理的課題

1. 知恵か、体力か(体力の危機):若いときからの体力、スタミナの減少に対して、英知に価値を置き換えることが必要となる。
2. 仲間か、異性か(性的能力の危機):異性を性的対象としてでなく、人格、仲間として再認識し、対人関係を築くことが必要となる。
3. 対人関係が柔軟で広いか、狭いか(対人関係の危機):成長し独立した子どもたちに代わって、多様な他者へ柔軟に関与することが必要となる。
4. 精神的に柔軟か、硬いか(思考の危機):自分なりのやり方や活動に固執し、新しい考え方を受け入れにくくなる。

高齢期の3つの心理的課題

1. 自我の分化か、仕事役割の没頭か(引退の危機):退職に直面して、これまでに築いてきた価値観や自己像を捨てて、新たな役割活動や対人関係、趣味などに意味のある満足感を見つける必要がある。
2. 身体を超越するか、身体へ没頭するか(身体的健康の危機):年齢とともに起こる老化や病気に直面して、身体のみに関心を集中させてしまうのでなく、それを超越して対人交流や趣味に積極的に関与する。
3. 自我の超越か、自我への没頭か(死の危機):若いときは死は予期できないものだが、高齢になると死が近づいていることを実感する。そのとき、子孫や文化のために尽くし、自分を役立たせようと努力する。

### 加齢への適応スタイル

ライチャードら (Reichard, Livson, & Petersen) は引退後の適応スタイルについて5つの人格タイプを見出しています。このうち4, 5番のタイプは不適応とされます。

1. 円熟型:自分および自分の過去・現在を受容し、未来志向的である。
2. ロッキングチェアー型:他者に依存するという受け身消極的な姿勢によって現在を受容する。
3. 自己防衛型:強い防衛機制を敷くことにより、老化の不安に対処する。
4. 外罰型:今までの自分の失敗等に対して敵意を示し、その対処として他者を非難し攻撃しようとする。
5. 内罰型:自分の不幸、失敗等に対して自責的態度を取る。

### 人生の回顧

人生の回顧には臨床的効果があります。その人が語ることを通して、自己の体験を意味づけいく営みの繰り返しが自己の同一性を作り、そこにその人独自のストーリーが生まれます。高齢者が安全に回想し、さらに回想の中から葛藤に対する漠然とした気づきを意識するには、聞き手の存在が重要です。

***

私も、高齢者を対象にして話す機会が多くなってきました。また一般的な講演でも聴衆のかなりの割合が高齢者なのです。そして私自身もまもなく高齢者の仲間入りです。こうした社会の中で、高齢者心理学は重要度を増していくことになるでしょう。私自身も勉強していきたいと思います。