KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

エスペラントを通じて得たもの

(財)日本エスペラント学会の理事になった。そういう役職のたぐいに縁もなく、本人も興味がない。だから、依頼されたときに、「他になり手がいないのなら」という半ば失礼な承諾をしたのだけれども、結局なることになった。今となっては、財政が厳しいであろうエスペラント学会に、さらに富山・東京間の交通費の負担が増えるだろうことを心苦しく思っている。少しは貢献できることがあるといいのだけれど。

私はエスペラントを大学二年生の時から始めた。たまたま早稲田大学エスペラント研究会という(今にもつぶれそうな)サークルがあった。そこにふらふらとはいった。おそらくそこに至る前に、梅棹忠夫川喜田二郎の本を好んで読んでいて、彼らがエスペランチストであることを知っていたというのが伏線にあったのだと思う。何にでもカブれやすい年齢層でもあった。

そのサークルにはいったおかげで、学部時代のほとんどの時間とエネルギーはエスペラントのサークル活動に捧げられた。それは本当につらく楽しかった。

エスペラントをやっていて、友人ができたり、外国旅行ができたり、さまざまなスキルが身に付いたということはあるにしても、今から振り返ってみると、自分にとってもっとも大きな影響を受けたのは、さまざまな「大人」とつきあうことができたということではないかと思う。

大学生というのは一種社会と隔絶されたものであり、普通の社会人とつきあうという機会はめったにない。教員はいるけれども彼らは普通の社会人ではない。そうした中でエスペラントをやりながら、普通の社会人や主婦と一緒に仕事をしたこと、その体験が貴重なものだったような気がする。それは独善的に閉じこもりやすい学生の目を開かせ、社会全体のパースペクティブを与えてくれるものだったような気がするのだ。

それはもちろん副産物だ。最初からそんな社会勉強をしようと思っていたわけではない。しかし、エスペラントという共通の目的のためにさまざまな種類の人々と一緒に活動することで自然に、あるいは強制的に身につけられていった。その副産物こそが一番大切なものではなかったか、と今になって振り返るのだ。