KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

サトウタツヤ・渡邊芳之・尾見康博『心理学論の誕生』

心理学論の誕生―「心理学」のフィールドワーク

心理学論の誕生―「心理学」のフィールドワーク

 これは奇妙な本である。本の中核は、佐藤、渡邊、尾見それぞれが書いた3編ずつの論文計9編。3人の鼎談(ていだん)がそれをサンドイッチしている(鼎談の前編、後編は内容的に続いている)。9編の論文は、著者たちが所属している(していた)大学の紀要に著されたものである。大学関係者ならご存じのように、大学の学部などの機関では独自の雑誌を年1回程度出しており、「紀要」と呼ばれている。紀要に出された論文は、学会誌レベルの厳しい査読を受けることなく、たいていはそのまま載る。そのために学会誌論文よりは軽く扱われる。また、全国の大学間で紀要の配布をしているとはいえ、その論文のほとんどは同じ領域の研究者であっても、読まれることはない。

 それではこの本に収められた9本の(元)紀要論文はどうかというと、これは「読むに値する」。というか、多くの心理学研究者に読んで欲しい。とりわけ若い人に。というのは、私も大学院生だった頃はそうだったのだが、心理学の研究を始めて間もない期間は、なぜ自分が「この方法で」心理学の研究をしているのか、よくわかっていないのだ。先生がそうしているから、先輩がそうしているから、伝統的にそうだからということで、決まり切った手順とデータ取りの方法を決めている。しかし、本当は、どういう方法で研究を進めていくのか、というところから、自分で決めて良いのである。しかも、それこそが研究の醍醐味なのだ。

 渡邊さんは構成概念と心理学的測定法をテーマとした論文、尾見さんはフィールドワークと方法論をテーマとした論文、佐藤さんはちょっと角度を変えて、学会と論文査読の問題から心理学「論」に切り込んだ論文、をそれぞれ提供している。これらは論文だけあって、ふつうの本の文章と比較してみると、確かに読みにくい。これだけでは本にならない。だから3人は座談会を開いて、それを前後に分けて載せたのだ。この座談会の方は、「おいおい、こんなところまで言っちゃっていいのかいな?」と心配になるくらいの「本音トーク」。つまり、「心理学論」論文集だけでも、また、本音トーク座談会だけでも、本としては成立しなかったものを、両者を融合させて一冊の本として成立させたわけだ。そしてそれは成功している。

 心理学はおもしろい。その中でも一番おもしろいのは方法論だ。そのことを再認識させてくれる。勇気づけられる本である。しかし、方法論を正面切って扱うのはなかなかやっかいだ。とりわけ公の場でそれを議論するのは難しい。そういう場もなかったのかもしれない。この本に載せられた9本の論文が「学会誌」ではなく「紀要」に載せられたという事実がそのことを物語っている。本の形になったこれらの論考が広く読まれるといいと思う。

 さて、私の研究はといえば、いまだに(データを取るための)フィールドワークにはやらせくささを感じるし、かといって厳密な実験計画法はとても成立しないような教室のデータを扱っているために、はっきりいって暗礁に乗り上げている。「しんどいなあ、研究は」という感じ。そんな私でも、この本を読んで、何となく元気が出たのである。「よし、もう一度」という新たな気持ち。