名古屋から帰ってきた。2日続けての討議は疲れたけれども、終わった感じはいい感じだ。
◇
地下鉄でのこと。
ジャージを着たお兄さんが乗ってきて、私の隣に座った。しばらくして、
「ちょちょちょーーー、あちょーあちょ。とうとうととととぅーーーー」
と叫び始めた。ブルース・リーのまねみたいだ。
(ああ、またこれだ。何で私の近くに変な人が来るんだろう)と思ったが、叫んでいるだけでは実害はないので、そのままにしていた。「あちょー」がひとしきり終わると、
「知らないふりをしているそこのやつ」
と、はっきりした声で、ゆっくりとしゃべりはじめた。
「何か言いたいことがあるんやったら、かげでこそこそ言わずに、ゆうてこい」
「そんときにゃあ、相手になってやるけんのう」
周りに緊張が走る。とはいっても、誰かをにらんでいっているわけではない。ブルース・リーは真正面を見ているだけだ。真正面には人は座っていない。
だが、斜め向かいに座っていたお兄さんは自分のことだと思ったらしい。その人はだらしなく足を投げ出していて、ブルース・リーが乗ってきたときに、ちょっと足がひっかかったのだ。
そのお兄さんは、「すみません」といい、次の駅で降りた。ブルース・リーは何もしなかった。その人を見ることもなかった。
ブルース・リーはおもむろに立ち上がり、今度は体でブルース・リーをやり始めた。手を突き出したり、足で蹴りをきめたりしていた。途中で「しんだばし」と言っていたが、なんのことだろうか。最後に「おす」と言って型を決め、座席に座った。
「ちょちょちょーーー、あちょーあちょ。とうとうととととぅーーーー」
再び、ブルース・リーの叫びを始め、しばらくして終えた。そして、
「知らないふりをしているそこのやつ」
「何か言いたいことがあるんやったら、かげでこそこそ言わずに、ゆうてこい」
「そんときにゃあ、相手になってやるけんのう」
と言った。まったく同じセリフだ。今度は「すみません」という人はいない。だが、そんなことは関係ない。彼は彼の仕事をするだけだ。
再び立ち上がって、型の練習。途中で「しんだばし」。最後に「おす」。
「ちょちょちょーーー、あちょーあちょ。とうとうととととぅーーーー」
3回目が始まった。
「知らないふりをしているそこのやつ」
「何か言いたいことがあるんやったら、かげでこそこそ言わずに、ゆうてこい」
そこで、目的の駅に着いたので、私は地下鉄を降りた。