KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

人はなんのために生きるか

実存主義によれば、人は世界に投げ出されている。自分が何をしたいかということからは、何のために生きるかという答えは出てこない。レヴィナスの言う「あなたは生きていてもいいよ、と言われること」だけが生きる意味になる。つまり、生きる意味は人間関係の中からこそ出てくる。他者から「あなたに生きていて欲しい。長生きして欲しい」と言われることこそが生きる意味になる。さらには、自分が他の誰かと交換可能ではダメなのだ。なぜなら「あなたに生きていて欲しい」とある人が言っても、自分が別の人に代わったとき、その人にも同じことを言うとしたら、「あなたに生きていて欲しい」の「あなた」は「あなただけ」ではなく「あなたと同じような人々」ということだから。

  • 野田俊作講話「人はなんのために生きるか」

就職活動をしているゼミ生を見ていると、自分が何をしたいか、どんな能力があるのか、という問いの中でもがいているように見える。でも、どんなに自己分析をしてみても答えは出てこないだろうなと思う。答えは、自分は誰かのために何ができるかという問いの中から出てくるだろう。自分が何かをして、それを相手がとても喜んでくれた経験を過去の中から探すのが早道かもしれない。それは「あなたは生きていてもいいよ」ということの微妙なサインだったろうから。