KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

実践のパッケージ

金沢での北陸三県教育工学研究大会

 去年の大会は富山であった(97/02/27)。今年は金沢大学に場所を移して開かれた。私もひとつ発表してきたが、それは発表件数が少ないので何か出してくれと頼まれたことによることが大きい。参加してみれば、発表件数24件を3カ所による並行プログラムでこなすというかなりの規模であった。

 しかし、聴衆は多くない。少なくとも私がいた部屋では、その部屋にいる人ほぼ全員が発表していたから、発表者数と参加者数はあまり変わらないとみられる。まあ、それでもいいのであるが、あまり聴衆が少ないとなれば、発表するという行為そのものの効果が薄れてくるのではないか。せっかく発表するのであれば、できるだけ多くの人に聞いてもらいたいものであるし、それなりの手間をかけて発表準備をしてくるのであるから、それは発表者の当然の期待でもあるのだ。

 ローカルな大会で、全国大会のミニチュアをやっても意味がないということだ。大先生の講演もいらないのではないだろうか(今回は私は聴いていないが)。ではどうすればいいのだろうか。

 個々の実践研究は非常に優れたものが多い。しかし、それの成果がどれくらい流通するのであろうか。つまり、ひとつの授業実践のデザイン、素材、マニュアル、評価方法などをパッケージとしてまとめて、教師社会で流通させる必要があるのではないだろうか。今のままでは、どうしても発表しっぱなしという感じがする。発表するということと、それをパッケージとして流通させ、利用してもらうということは別のことであり、両者とも重要なことだ。

 その流通の場として、このようなローカルな大会が役に立つと思う。また、そうしたパッケージ化をプロモートする役割もローカルな研究会が担うべきなのではないだろうか。つまり、発表の中に良い実践があれば、それに積極的に関わっていき、パッケージ化を勧めたり、あるいは協力を申し出るということである。

 何回かローカルな大会を見てきて感じることは、それぞれが単発の発表であり、積み重ねがあまり見られないということだ。とすれば、いつまでも自発的な単発の発表を待っているのではなく、会の方がその積み重ねのための枠組みを提案することが必要とされているのではないだろうか。