KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

私語の世界

——大人数クラスの「私語の嵐」の洗礼を受けているようだね。

200人規模のクラスだ。

——これまで勤めていて、大人数のクラスを受け持たなかったというのが珍しいことなのだ。君の授業はたいてい独学方式か演習形式だったから、大人数を前にしての講義がいかに大変かがわかっただろう。

200人規模の講義で、私語がまったくないというのもあり得ない話だろうけど、しかし、やはり私語ががやがやと聞こえてくると嫌なもんだね。

——私語されていい気持ちになる教師なんていないよ。あなたは注意しないからなおさらだ。

だって、私語を注意すると嫌な感じが残るじゃないか。注意された方もそうだし、注意するこちらもそうだ。注意したそのときは一時的におしゃべりをやめるかもしれないが、少し時間がたてばまたうるさくなるだろう。

そういう意味では私語のうるささは講義の内容が学生の興味を引きつけているかどうかのバロメータになっている。ちょっと込み入った話や抽象的な話をすると、とたんに私語がでてくるからね。正直なもんだ。

——そうすると、本当に学問的な話はできにくいんじゃないか。

そういうことだ。まあ、心理学の概論なので、どこか一カ所でも興味のとっかかりになるようなものを得てもらえればそれでいいのだと割り切っている。興味さえ持ってもらえれば、あとは本やWebサイトで勉強することができるのだからね。

——今週あたりは「記憶」についてやっているようだね。

そう、学生に毎週書いてもらっている質問書に「最近の授業は以前ほど役に立たないと思う」と書かれてしまった。

——以前はどんなことをやった?

性格の話や、人間関係の話だ。こういう話が役に立つと考えられて、記憶の話は役に立たないと思われているわけだ。私から言わせれば、記憶の話の方が、勉強の仕方などに直接役立つような気がするんだけどね。

——普通の心理学概論であれば、知覚や記憶を最初にやって、性格や人間関係なんかは最後の方にやるんじゃないか?

そう。自分の方式を「スターウォーズ方式」と名付けてみた。

——スターウォーズ方式? どういうこと?

エピソード4,5,6を先に公開するのだ。つまり物語の中核部分の一番おもしろくなるところを先に見せる。一般人からみれば、性格や人間関係の話は一番おもしろそうだと思われている。それを先に授業で取り上げる。そうした後で、記憶や行動分析などの「そもそも」の話にさかのぼる。最初からそもそもの話をすると、退屈なので受講生を逃してしまう。先におもしろそうなところをやって注意を引きつける。

——それでも「記憶の話は役に立たない」と言われるわけだな。

とりあえず、授業は一応聞いてくれるわけだ。これを学期のはじめにやっていたら多くの学生を取り逃がしただろう。

——大人数のクラスはもうこりごりだろう?

そんなことはない。かえってチャレンジする意欲がわいてきた。1人の私語もなくみんなが集中して授業に聞き入ってくれたら、最高だね。

——そういう幸福を味わうためには、いろいろと精進すべきことがある。

それを極めるまでは、遠い道のりだよ。しかし、「たった1人の読者のためにWeb日記を書く」というのと同じで、「興味津々で話を聞いてくれているあの子のために私は講義をしている」と思うと、がんばれるような気がするんだな。そうすれば私語もざわつきも気にすることなく、自分の講義に集中できるような気がする。それは怒ったり、注意をしたり、私語対策に頭を悩ませるよりも、もっと生産的なことのように思える。