KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

「自分が選んだ」というトリック

 きのう「マインド・コントロールの予防接種」と題した日記を書いたところ、Shiroさんから掲示板に次のような文章をもらった:

多分、一番大きな罠は、「私はマインドコントロールなんかにかからない」という思い込みではないかと。そのへんも含めて、正しい知識を得ることは有効だと思います。

ただ、中途半端な知識は却って危険かもしれません。マインドコントロール中の個々の要素は、他の多くの場面でも使われます。だから、「これはマインドコントロールでは無い、私は別のところで体験したことがあるから」とか、「この方法は知っている。私を変えようというのだな。私はひっかからないぞ」とか思ってしまうことがあります。個々の要素ではなく、それらがどのように組み合わされ、どのような結果をもたらしたかを見ないと、なかなか判断がつきません。

今夜の日記に、多少補足事項を書いておく予定です。

 Shiroさんの11/17の日記を読むと、マインド・コントロールというと何か強力な技術を思い浮かべるかもしれないが、そうではなく個々の方法はありふれたものであり、しかし、その組み合わせによって少しずつ価値観をずらしていくところがポイントだということが指摘されている。そして、その人自身に、既存の価値観と新しい価値観を選ばせる。ある価値観を「自分で選んだ」という確信はその価値観に対する信念を強めるので、それにはまることになる。

 もちろん既存の価値観(つまり今私たちが現実に生きている社会)はさまざな矛盾(民族紛争、失業、道徳の低下、犯罪、差別、不自由…)を抱えながら回っているわけだから、選べといわれれば、10人中9人は新しい理想的な価値観を選ぶようになっている。正義感の強い人、真面目な人、今の社会や自分の処遇になんらかの不満を持っている人は、特にそうだ。

 しかし、この「選ばせる(主観的には自分で選ぶ)」ということは実に簡単なトリックだ。ここには「何も選ばない」という選択肢がはいっていないからだ。私たちが今の社会に生まれてきたのは何もそれを選んだからというわけではない。たまたまそうだっただけだ。ここに生きているからといって今の社会の価値観を選んでいるわけじゃない。だから、それとある集団の価値観のどちらかを選べ、というのがそもそもトリック的な問題設定だ。どちらも選ばなくてもいいのだ(あるいは第三の価値観を自分で考えてもいい)。しかし、それは巧妙に隠されている。

 このトリックもセールスやマーケティングでは当たり前のテクニックである。たとえば自動車のセールスマンはお客が店に来て、車種がだいたい決まれば、「さあ、色はどれにしますか?」と聞いてお客に「選んでもらう」。そこまでくれば商談成立である。5色の色から自分の好みのものを選ぶというところには、「選ばない(買わない)」という選択肢はもう見えなくなっている。パソコンのiMacがカラーバリエーションを揃えて発売されたことは、購買心理上に大きな影響を与えただろう。買うのだったらこの色がいいな、という心理的なシミュレーションをたくさんの人にやらせた可能性があるからだ。しかし、これは犯罪でも何でもない、セールス上のテクニックにすぎない。

 たいていの人は、自分が選んだと確信したものに投資し続ける。社会心理学はある自動車を買った人は、もはや必要がないにもかからず購入後もその車の宣伝をよく見るということを明らかにしている。人は自分が選んだものに自分のエネルギー、時間、体力を投資し続けるのだ。なぜならば、投資をやめることは、それを選んだ自分自身を否定することだからだ。たいていの人は自分を簡単に否定することができない。カルトが生まれる可能性がここにある。

 Shiroさんの文章の中で次のことが特に心に残る:

自分の心が操られていたことを認めるのは、かなり抵抗がある。 他に影響されず自分の人生を自分で決めて行動できる人は「強い人」であり、 他人に心理的に依存しなければ生きてゆけない人は「弱い人」である、という価値観は 広く受け入れられているからだ。 人をマインドコントロールの罠に捉えるのは、まさにその価値観なのに。

 私も心理学の授業の中で「心の強い人になってください」などということを口走ったりするのだが、いったい心が強いということはどういうことなんだろうか。価値観や世界観、それを形成するメカニズムについてはまだまだ未知の部分が多い。

 マインド・コントロールについてネットを探していたら、新潟青陵女子大の碓井さんのページ「マインド・コントロール研究所」を見つけた。マインド・コントロール自己啓発セミナーなどについての丁寧な解説が載っている。また「読者の広場」でメールのやりとりを公開しているが、これも読み応えがある。日記猿人に登録しているWeb日記「こころの散歩道DAY by DAY」も書いておられる。