KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

「マイブック」の白紙ページがもたらす安息

 ファンクラブを結成した、新潮文庫「マイブック」だが、三日坊主に終わらずに引き続き使っている。ファンクラブの会員が10人になったら、記念に小さなWebページを開こうと考えている。まだ8人で止まったままなんだけど。

 今日は21日。「一月二十一日(金)」とだけ書かれたページにメモを書く。たいていはふと思いついたことで、日記や授業のネタになりそうなことを書き留める。それ以外では、新聞や雑誌の記事で気になったものをメモする。読んだ本のメモを書くこともある。

 だから日記ではない。スケジュールややらなければいけない仕事の管理は別の手帳でやっているので、それを書く必要もない。また、すでにやったことは「しごとにっき」のWebページに逐一書いているので、それも書かない。ということは結局「ネタ帳」ということになるのだろう。それにしては、ネタとしてのヒット率があまりに悪い。しかし、今すぐにはネタにならないにしても、いつか役立つことがあるはずと信じてメモしておく。

 ネタ帳としてはヒット率が悪くて役立っていないのだが、別の効果があることに気がついた。それは、まだ何も書かれていない白紙のページを見ると、なんだか安心するという効果だ。21日のきょうの時点でまだ30ページまでしかいっていない。300ページ以上も残る分はすべて白紙なのだ。まだ一冊のほとんどが白紙のページ。これは気分がいい。「ああ、今年はまだこんなに残っている」。白紙ページの分厚さが安息をもたらす。

 白紙ページの多さが安息をもたらすのも6月までだ。それ以降はすでにメモが書かれたページの方が白紙ページよりも多くなる。それとともに「もう今年も終わりか」という寂しい気持ちになっていくのだろう。しかし、メモされたページが多くなってくのだから、充実した気分が味わえるのかもしれない。たとえそれが使い道のないメモだったとしても。