KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

研究の背景と必要性

 小学校から高校の教育現場では「学級崩壊」が問題になっている。クラスとしての一体感がなく、あるものは騒ぎ、あるものは出歩き、授業が成立しない。大学の授業もまた、私語と死語(無反応)の世界が支配する。こうした現象にはさまざまな原因が考えられるが、その最も根底にあるのは、授業がわからない、教材(教科書)がおもしろくない、したがってやる気が起こらないということだろう。そしてもう一つの原因は、授業を担当する教員自身が、少しでもやる気のある学生に対して、自分の授業を理解しやすく、興味深いものにすることに失敗していることに無自覚なことだ。また、たとえ自分の授業がつまらないということに気づいてもそれをどのようにすればおもしろくできるかという解決策を持っていないということだ。そこで求められているのは、授業と教材をいかにおもしろく、魅力あるものにするかという一点である。確かに、マルチメディアによって教材は華やかになるし、インターネットによって遠隔教育も個別指導も可能になる。しかし、そうした技術も授業と教材を魅力あるものにすることに貢献しなければ何の意味もない。

何をどこまで明らかにしようとするのか

 本研究の最終目的は、ある授業、その教材、またCAIやWebベースのコースウエア、などに対して、ARCS動機づけモデルから見てどの側面が十分満足であり、どの側面が不十分かということを手軽に評価するための信頼性と妥当性に優れた評価シートを作成することにある。そのために評価シートを試作し、データをとった上でその信頼性と妥当性を検討する。ARCS動機づけモデルは、J.M.Kellerがさまざまな動機づけ理論を統合し、提唱したモデルで、学習意欲を、注意(Attention:おもしろそうだなあ)・関連性(Relevance:やりがいがありそうだなあ)・自信(Confidence:やればできそうだなあ)・満足感(Satisfaction:やってよかったなあ)という4つの側面でとらえたものである。

 この評価シートによって授業や教材の魅力を客観的に判断することができる。また、同時に不足していると判断された側面について、具体的にどのように授業や教材を改善すればいいのかを記述したガイドブック(小冊子)を開発し、評価シートとともに利用できるようにする。

学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

 学習意欲や動機づけに関する研究はこれまでに営々と続けられている。その理論的な枠組みについても複数提案されている。ARCS動機づけモデルはそうしたこれまでの研究の包括的な集成である。しかし、現時点で最も必要とされているのは、このモデルを授業や教材開発の実践現場に対してどのように活かしていくかということである。そのためには、ARCS動機づけモデルに照らし合わせた、授業や教材開発現場で手軽に利用できる評価シートと、その結果に基づいて適切な改善方略が取れるようなガイドブックが必要である。これらを、大量のデータによる検討を基にして開発しようというのが、本研究の独創的な点である。

 評価シートとガイドブックを開発することにより、学校の教育現場はもとより、企業内教育における授業や講習会の改善、また、印刷教材(教科書)、電子教材(CD-ROM)、Webベース教材など多種多様の教育リソースの改善に役立つことが予想できる。

関連する研究の中での当該研究の位置づけ

 鈴木(1995)はARCS動機づけモデルの枠組みを利用して、授業や教材を魅力的にし、学習意欲を高めるためのさまざまな作戦を具体的な処方として提示している。これによって、たとえばモデルの「注意」の側面が不足していると感じられれば、気分転換になることを途中で入れたり、「自信」の側面が不足していると感じられれば、中間目標をたくさん作り自分の進度をチェックする、というように授業や教材を改善するために効果的な対策を取ることができる。これがARCS動機づけモデルが実践に対して非常に有用である理由である。

 しかし、モデルに基づいて手軽にかつ信頼性をもって評価できるような評価シートは、試作段階のものがあるだけである。またその信頼性や妥当性も検討されていない。本研究は、この評価シートと改善方略をセットで使えるようなものを開発し、その有効性を検証しようとするものである。