KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

科研費基盤(C)採択

科学研究費補助金の基盤(C)で新規申請していた研究テーマが採択されました。5年間で310万円の予算です。納税者のみなさんに感謝申し上げます。

研究題目は「成人教育学の視点による生涯学習のためのeラーニングのデザインとその実践」ということで、成人教育・生涯学習に重心をおいたeラーニングの研究を実施していくつもりです。

ご参考までに、研究計画書から抜粋します。

研究目的

 近年、社会全体として生涯学習を推進しようとしている。その一方で、インターネットを利用したeラーニングが一般化しつつある。こうした背景の元に、本研究は、成人教育学(Andragogy)が提示する成人学習者の特徴(実用指向性、学習資源としての社会経験、自己決定性)を考慮に入れたeラーニングによるシステムとコースをデザインし、それを実践することによって、これからの学習社会における生涯学習の具体的な1つのモデルを提示しようとするものである。

(1) 研究の学術的背景

 生涯学習の方法の1つとしてeラーニングが期待されている。eラーニングの一般的な長所は,時間と場所の制約を超えた学習を可能にすることだといわれている。このような長所を備えたeラーニングが、これからの生涯学習のニーズにどのように対応できるのかを検討する研究が早急に必要となってきている。

 研究代表者は、科研費基盤研究(C) 平成12〜13年度(2000〜2001)「個別化教授システム(PSI)のネットワークによる遠隔教育化に関する研究」において、大学の「情報リテラシー」や「統計学」といった基礎的な科目で、個別化教授システム(PSI, Personalized System of Instruction)を設計、実践した。この授業の特色は、Web化された教材の利用、受講生10人にひとりの割合でつくプロクター(指導者)、自己ペースによる進度、単元ごとの通過テストによる完全学習といった点にあり、従来の一斉授業に比較して、学生の満足度も学習成果もより高いものとなることが明らかにされた。次に、研究で作成された教材をネットワークで配信し、遠隔教育としてより自由度の高いシステムを試作した。ポイントになるのは、PSI授業では生身の人間が行うプロクター(指導者)の仕事をどのようにしてネットワーク上で実現するかということであった。そこで、すでにできあがっている個別化教授システムとCD-ROM教材を見直して、遠隔教育化するための改善点、変更点を洗い出した。とりわけ、独習用教材の対話性をより高めて、わかりやすく、動機づけを高めるものとすること、自分の進度状況を簡単に確認できるデータベースシステムを使いやすくすることに焦点をあわせた。こうした知見は、eラーニングを利用した生涯学習において基礎的な知識とスキルの学習に活かすことができるだろう。

 次に、科研費基盤研究(B)平成15〜18年度(2003〜2006)「ブロードバンドを利用した新しい高等教育の有機的モデルとプロトタイプの開発」を実施し、ブロードバンドを利用したeラーニング授業を設計し、大学において実践することにより、eラーニングを用いた新しい高等教育のモデルとプロトタイプを開発した。このテーマの元に、(1)eラーニング教育システム全体のデザイン、(2)オンデマンド授業の制作における知見、(3)eラーニング授業の評価と満足度、(4)基礎スキル科目におけるeラーニングのデザインと実施、以上のそれぞれの研究がなされた。その結果、eラーニングにおけるコースの設計と詳細化、実施とチューニング、評価と改善というような一連の仕事が教員に課せられるものとなること、それを円滑に進めるために、授業補助員やオンラインメンターが必要とされること、また、LMSとして学習者個人のワークスペース、チームのワークスペース、そしてクラス全体のワークスペースというような多重の階層を持った学習環境が必要であることが示唆された。この実践では、社会人が多く含まれていたので、このような知見は社会人を対象とした生涯学習eラーニングで実現する際に留意すべき点として本研究テーマにつながってくる。

 上記研究の継続研究である科研費基盤研究(B)平成18〜21年度(2006〜2009)「参加体験協同型のワークショップをeラーニングで可能にするための統合的研究」では、参加体験型のグループ学習の形態で実施されるワークショップを、eラーニングによって可能にするための基礎的研究および実践的研究を行った。まず、基礎的な研究として明らかにしたことは、集合して同時に数十人が参加して行うワークショップにおいて、どのようなコミュニケーション活動が行われ、それがどのように全体としての活動や意識に働きかけ、ワークショップ独特の盛り上がりと日常に戻ったときにも思い出されるような深い体験(アンカー体験)を生み出すのかというプロセスの全容である。次に、実践的研究として、そうしたワークショップをeラーニングシステム上で実施するためのプログラムを開発し、実際に参加者に協力してもらいeラーニングワークショップを実施したときに、そこでどれだけのワークショップ的体験が実現できるかを検討した。eラーニングによる生涯学習が単なる知識・スキルの習得以上のものを目指している限り、深い体験をともなった授業が必要である。その意味でこの研究は本研究テーマのベースとなるものである。

(2) 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

 以上に示したように、eラーニングによる生涯学習の設計と実践のベースとなるものとして、PSI方式のeラーニングによる基礎知識とスキルの習得、eラーニング授業の設計やメンターの配置などeラーニング全体のデザイン、深い体験を導き出すeラーニングによるワークショップの設計、本研究テーマの基礎的な知見となっている。

 本研究では、こうした知見の元に、社会人をおもな対象としたeラーニングによる生涯学習をどのようにデザインしたらいいのかということを実践の中で明らかにしたい。まず、成人学習者の特質である「実用指向性」、「学習資源としての社会経験」、「自己決定性」に合ったeラーニングをデザインする。そのためには、(1) eラーニング学習のための基礎スキルをサポートすること、(2) 基礎理論から最先端までを自分のスケジュールに合わせて学べること、(3) 学習そのものが実践現場に結びついていること、(4) オンライン共同体を形成できること、というような要請を満足させる必要性があるという仮説を立てている。しかし、このようなeラーニングシステムとコンテンツは全体がすぐに完成するというものではない。そこで、デザインと試作をしながら、それと並行して、実際に運用しながら、改善を試みるというデザイン研究の手法を採りつつ、研究を進めていく。研究期間内に、デザインに基づいたeラーニングシステムが実働し、それにより実践的な知見が集められることを目標に進めていく。

(3) 当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

 近年、大学は社会人に広く門戸を開き、社会人を対象としたeラーニングコースが特に大学院で多く開かれるようになってきた。また、eラーニングだけで授業を実施する学部や課程も徐々に開設されてきている。しかしながら、その形態はまだ伝統的な大学の受講システムを引きずったものであり、社会人が仕事を持ちながら学んでいくというニーズにぴったり合ったものではない。その意味でeラーニングのコンテンツデザインもその運用もまだ手探り状態である。

 本研究は、成人教育学というこれまでに蓄積されてきた理論的枠組と、柔軟な学習形態を実現する可能性を多く秘めたeラーニングシステムを組み合わせることにより、これからの社会であるべき生涯学習の形を提案し、それを実践によって検証していくことを最終ゴールとして掲げている。そのために、これまでに蓄積したeラーニングに関する実践的な知見に基づいて、デザイン実験の手法でデザインと実践を繰り返すことで新しい生涯学習の形をeラーニングによって実現しようとするもので、これが本研究の独創的な点である。このゴールが達成できれば、eラーニングによる生涯学習の新しい形が社会に提案できるだろう。