KogoLab Research & Review

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岸見一郎『アドラー心理学入門』

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

 ワニのNEW新書(KKベストセラーズ)からつい最近出版された本(648円)。気軽に読める新書の形で、本格的なアドラー心理学の入門書が出たことを喜びたい。著者の岸見一郎さんはすでにアドラーの「個人心理学講義」、「子どもの教育」の翻訳を出している(一光社)。

 アドラー心理学の入門書というと、私はまず最初に、野田俊作「アドラー心理学トーキングセミナー」と「続アドラー心理学トーキングセミナー」(星雲社、1990、1991)をお勧めする。もし、学校の先生や教育関係の人であれば、迷わず、野田俊作・萩昌子「クラスはよみがえる」(創元社、1989)だ。

 しかし「トーキングセミナー」は、禅や瞑想、スピリチュアリティー、トランスパーソナル心理学の話が躊躇なく出てくるので、読む人によっては「なんだか宗教みたい」という印象もあるようだ。もちろんアドラー心理学は宗教ではないのだが、人間の心と行動を科学として扱う限り、そうした宗教的、あるいは神秘的側面を避けるのは弱腰であり、野田さんのアドラー心理学はそうしたところにもどんどん切り込んでいくのがすごいのである。

 一方、岸見さんの「アドラー心理学入門」には宗教っぽいところがない。その代わり哲学の話がそこかしこに出てくる。岸見さんのもともとの専門は哲学だから、それは不思議なことではないのだが、哲学からのエピソードが実に良くアドラー心理学にマッチするのである。もしかすると、これを読んだ人は「アドラー心理学って、なんだか哲学みたい」という感想を持つかもしれない。とはいえ、本書の内容はけっして観念的ではなく、具体例に富んでいる。とりわけ岸見さんの個人的体験がエピソードとして、格好つけることなく書かれていて、それが心を打つ。アドラー心理学は何よりも実践されなければ意味がない、ということを実感する。

 個人的な感想としては、この本を読んで「理論心理学」としてのアドラー心理学を強く感じた。それは根本の理論体系が実にしっかりしており、現実への適用についてもよく精緻化されているということだ。「現実に強い理論」と呼んだらいいだろうか。臨床心理学によくあるような、いろいろ試してみて、ただ良くなればいい、直ればいいという、現場べったりの姿勢ではないということだ。理論体系としてよく考えられているから、こうすれば良くなるということにゆらぎがない。逆に言えば、それだけに実践しようとする人にとっては「厳しい」心理学であるとも言えるのだが。

 いずれにしても「宝の山」アドラー心理学についての良い本がまた一冊増えたのはうれしいことだ。

 日本の大学で、心理学の授業や教科書でアドラー心理学がきちんと取り上げられることはほとんどない。それは本家のアメリカでも同じ状況のようだ。たとえば、アメリカの「心理学教育」という専門誌には次のような論文が載っている:

Silverman, Norman N.; Corsini, Raymond J. : Is it True What They Say about Adler's Individual Psychology? Teaching of Psychology; v11 n3 p188-89 Oct 1984

ABSTRACT: An evaluation of introductory college level psychology textbooks showed that Alfred Adler's psychology is either neglected or seriously distorted by most texts.(大学の入門心理学の教科書を調査したところ、アドラー心理学については、無視されているか、あるいはひどくねじ曲げられて書かれていた。)