KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

アドラー学校をいつか日本にも

第19回日本アドラー心理学会総会に参加した。今回は、富山県砺波の砺波ロイヤルホテルが会場だった。

私は自分の講演がある2日目の午後から参加した。講演は「学ぶこと・教えること 教育工学の視点」というタイトル。与えられた時間は1時間だったので、45分話して、15分質疑という配分を計画したけれども、結局質疑は10分間になってしまった。質問は3ついただいた。

今回はアドラー心理学を教えている人や、学校の教員の人が多いことも考えて、どういう原則に従って教えればうまくいくかということを、なるべく無色透明のまま、応用しやすいように話した。評判はよかったようだ。「役に立ちそう」という感想が多かった。

「教育工学について興味を持った。いい入門書はないか」という問い合わせを複数の人から受けた。やはりこういう本が必要なのだ。書かなくてはいけない。できれば1年以内に。

講演に続いて、シンポジウム2「教科教育とアドラー心理学」の司会をした。シンポジスト4人の人に模擬授業を20分ずつやってもらって、あとは全体的な討論に入った。

模擬授業は「竹取物語の音読」(中1国語)、「リズム」(小学校音楽)、「電気を通すもの、仁丹は電気を通すか」(理科)、「磁石につくもの、磁石を半分におると折り口にはつくか」(理科)の4つ。会場の全員が生徒役になっての模擬授業だった。模擬授業そのものは、私にとっては非常に面白かった。

フロアからの質問は、アドラー心理学に基づく授業と、授業の方法と技術とがどう融合するのかを明確にしてほしいという意図が見えた。シンポジストはアドラー心理学の部分は自明であって、とりたててそれについてデモンストレーションすることはしなかった。シンポジストの「アドラー心理学をやっていれば、わけのわからない授業などしようがない」という発言が象徴的なように。つまり、教師と生徒との関係の作り方をもっとみたいというフロアの人と、授業全体のデザインを見せたいというシンポジストとの食い違いが見られたようだ。しかし、これは致命的ではない。両者ともに授業の成立に不可欠だからだ。

それにしても、司会中につい口走ってしまったが、「アドラー学校が日本にもいつかできたらいいな」と。

自分の写真が撮れなかったので、野田俊作さんのWeb日記(02.10.19)から拝借させていただいた。