KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

スミソニアン

空は真っ青に晴れ渡り、日差しが強い。Tシャツ一枚で歩ける陽気だ。今日はスミソニアンの博物館群を訪れる。

DCの地下鉄

DCの地下鉄はアトランタのものに似ていて、新しくきれいだ。ホームも頭上が高く開放的だ。しかし、照明は間接照明で天井を照らしているので明るくはない。きっとアメリカの人は地下鉄は薄暗いものだという思いこみかあるのだろう。東京の地下鉄はこうこうと明るいがこれは、薄暗いのは貧乏くさい、という思いこみがあるのではないだろうか。実際私の父は、私の部屋の照明が暗いといって文句を言っていたのを思い出す。戦争世代は明るいのが好きなのだ。乗客も観光客が多いせいか、恐いという感じはない。

航空宇宙博物館

さて、スミソニアン駅で地下鉄を降りると、そこはモールと呼ばれる博物館の通りだ。金曜日なのに大勢の人でにぎわっている。小学生が目に付くのは春休みのせいだろうか。

まずは、人気の航空宇宙博物館にいくが、非常に混雑していた。その中でも日本でも波紋を呼んだ「エノラ・ゲイ」ギャラリーだけは、警備体制がものものしかった。レストアされたエノラゲイB-29機と人一人分くらいの大きさの原爆リトルボーイが印象的だ。流されているビデオをちょっと見てみると、原爆投下が戦争終結に寄与したという説を支持する論調になっている。しかし、ただそれだけではないことは、このギャラリーの出口に「あなたのコメントをください」と記した意見書き込みコーナーが設置されていることでも分かる。

ホロコースト記念博物館

モールから少し離れたホロコースト記念博物館に行く。ナチスユダヤ人殺戮の展示があるところだ。入り口を入るとすぐに、空港でやるような荷物のエックス線検査があるので、ちょっと緊張させられる。しかし、着いた時間が夕方で、整理券がなかったので常設展は見ることが出来なかった。整理券によって入場者数を制限しているのだ。

常設展は明日以降にして、整理券なしで見られる展示を見る。「ダニエルの日記」という展示はすばらしいものであった。ダニエルというユダヤ人の子供が普通の幸せな生活からゲットーに移され、収容所にいれられて、なんとか生き延びるまでの様子を、展示物と日記で表現している。こういう展示の方法は非常に勉強になる。

また、二階に上がるとラーニング・センターになっていて、20台程のコンピュータがゆったりと配置されている。20インチのディスプレイはタッチスクリーンになっていて、ヘッドホンをつけてナチスとその行為について学習できるようになっている。このプログラムは百科事典形式で、トピックを選択するとハイパーテキスト形式の文章が提示され、関連する写真や地図、音楽などが選択できる。特に圧巻は、強制収容を生き延びた人のインタビューをムービー形式で見ることができることだ。これだけでもこのプログラムの価値はある。

収録されているインタビューは100人近くにものぼる。たとえば、ガス室送りにされる人たちの散髪係をしていた老人の話は痛々しく、迫力がある。ヒトラーはこの髪の毛を何かにつかうつもりだったらしい。私は、ポーランドアウシュビッツ収容所を見学したことがあるが、このようにして剃られた髪の毛が山と積んである部屋が残っており、背筋が寒くなったのを思い出した。そこでは他にも、義足の山、眼鏡の山、入れ歯の山、などがドイツ的整理の良さで分類されていたのだ。

豊川君、ふたたび

夜は、豊川君に再び会って話しを聞くことにした。泊まっているシェラトンは私のホテルから一駅のところにある。アメリカのパーティーの習慣はいいけれど、けっこうシャイな人にはストレスがたまるのではないか、本音と建て前は日本独特のものでもなく、アメリカ人にもある、などの他愛のない話しから、研究のやり方まで話題にのぼり、取り留めもなく続く。日本に帰ってきたらぜひ富山に寄ってくれるよう約束して別れた。