KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

EUのバベルの塔とハブシステム

東京に来ている。その途中で、全日空の機内誌「翼の王国」に「2001年はEU言語年---多言語併用キャンペーンを展開」という記事を見つける(倉田保雄)。それによると:

15カ国が加盟しているEUの公用語は11カ国語だ。加盟国数よりも少ないのは、たまたまフランス語、英語、ドイツ語が相乗りの言語であるからに過ぎない。母語は自国のアイデンティティととらえられているので、たとえば英語をEUの「公用語」にしようなどという提案は受け入れられない。

このため、通訳と翻訳にかかるコストは膨大だ。公用語11カ国語の組み合わせは110通りにもなる。通訳・翻訳スタッフは5000人に達し、そのコストはEU総予算の3%を占める。日本円にして、2400億円を下らないという。EUが拡大すれば、さらに13カ国の追加加盟となり、それらの言語の組み合わせは幾何級数的に増大する。

EUブリュッセル本部近くに通訳・翻訳本部となる16階建てのビルを建設中で、これはEU関係者に「バベルの塔」と呼ばれている。この総工費は112億円。

この記事を読んだあと、機内で「競争優位のシステム」(加護野忠男PHP新書、1999)を読んでいた。みちたさんのところで取り上げられて興味を持った本だ。その中に、アメリカのフェデラル・エクスプレスが翌日配達というシステムを可能にして、成功を収めたという話が書いてあった。

国土の広いアメリカで翌日配達を可能にする秘密は、飛行機を使うことだ。しかし、全部の都市の間で飛行機を飛ばすと、その組み合わせは大変な数になり(EUの通訳の組み合わせと同じだ)、膨大なコストがかかる。しかし、一度どこかの都市(たとえばメンフィス)に荷物を集中し、そこから全国に配送することにより、組み合わせの爆発を防ぐことができる。これを自転車の車輪に見立てて「ハブ・アンド・スポーク」システムと呼んだ。

ああ、なんだ。EUの言語問題も、ハブ・アンド・スポークで簡単に解決できるじゃないか。各国語で話された内容を、一度ある言語(たとえばエスペラント)に翻訳し、そこから各国語に翻訳すれば、組み合わせは爆発しない。

実際、オランダのBSOというソフト会社は、エスペラントをピボット言語(つまりハブ言語)にして、機械翻訳システムを設計している。実用化されたかどうかはしらないが、少なくとも設計思想は本になって出ている。多言語が寄り集まっているヨーロッパでは組み合わせ爆発の問題を解決するためには、ハブシステムがどうしても必要なのだ。そこで、中立的で、規則的で、柔軟な表現力を持っているエスペラントがハブ言語として選ばれてもなんら不思議はない。

ひとつ問題は、同時通訳だ。たとえばある人がフランス語で演説したら、それをエスペラントに同時通訳し、さらにそれを各国語に同時通訳することになる。2回同時通訳が入るので、時間的な遅れが多少出てくるかもしれない。いや、これは実際にやってみなくてはわからないが。EUの言語問題にかかるコストを考えれば、研究する価値は十分にある。