KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

代名詞指向と固有名詞指向

昨日の深夜、NHKの番組で、鶴瓶がミュージシャンの素顔をインタビューするというのがあって、そのゲストが小田和正だったので、妻と仲良く見てしまった。

小田和正が終始、鶴瓶のことを「キミ」と呼んでいるのがおもしろかった。最近出た、日本のポップスを論じた新書本の紹介で、「代名詞だけで内容のない小田和正の曲」という一節があって、「内容がないかはともかく、確かに代名詞が多いよな」と思った。そう、鶴瓶のことをキミと呼んでいる小田和正は代名詞の世界に生きているのかもしれない。

「代名詞だけで内容のない小田和正の曲」というのは確かにそう言えるのかもしれないけど、私なんかは逆に「代名詞だけで詞を構築して、よくあそこまで共感を持たせる曲が作れるものだ」と感心してしまうのだ。

小説でも作詞でも、代名詞指向のものと、固有名詞指向のものがあって、どちらかといえば固有名詞指向の方が多い。私(あるいは誰々さん)の場合はこんなことがあったのだけど、これを読んでいるあなたにも共感できるかな、というのが固有名詞指向の作品。逆に、誰かは知らないけれど、こんなことがありました、それはいつでも誰にでも起こることなんだよね、というのが代名詞指向の作品。

どちらも、最後に共感できるかどうかというところで勝負しているのは同じ。それが作品としての勝負だから。だけど両者のアプローチはずいぶんちがう。固有名詞指向では、「こんなに珍しいことがありました。参考にはならないかもしれないけど」と言い、そのケースの一回性を記述する。代名詞指向では、「こんなことは誰にでも起こることなんだ。たまたま僕にも起こったけど」と言い、そのケースの普遍性を記述する。

代名詞指向は「法則定立的」だ。固有名詞指向は「個性記述的」だ。しかし、どちらも、共感を求めるという目的を持ったレトリックなんだ。