KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

家庭内の言語マイノリティ

 学部で退官する先生をお祝いするパーティーがあった。富山大学の定年は65歳だ。略歴紹介を聞いていたら、47年間この大学にいたという人がいて、たまげた。18歳の時から勤めて、定年までいたということか。これはすごい。というか、ちょっとまずいんじゃないかとすら思った。まあ、いいか。

 定年退官は5人。ほかの大学に移る人は3人いる。年度末は異動であわただしい。

 といっている私は富山に来て10年目を迎えている。こんなに長居をするだろうとは思っていなかった。しかし、お嫁さんも富山で見つけちゃったし、家も建てちゃったし、二人の子供も富山県人になっちゃったし、なにより居心地がいいので、当分移ることはなさそうだなあ。

 子供が富山県人になるということは意外に大きなことだ。つまり、私がいまだにしゃべれない富山弁を使いこなすようになるということなのだ。そうなると、家の中では私だけが言語的に疎外されることになる。言語的マイノリティになるのである。富山弁3対東京弁1なのである。負けるのである。でも、東京弁って何? 自分がしゃべっているのが東京弁なのかどうかよくわからないのである。