KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

日記の「相思相愛」仮説

 富山県在住のテクニカルライターが「日記の相思相愛仮説」を提出した。仮説などという役に立たないものを提出するのは研究者だけかと思っていたが、最近はテクニカルライターもそうするらしい。そのうち婚姻届や確定申告書まで提出するようになるのではないだろうか。

 さて、その内容とは、

【仮説1】 日記書きが読んでいる日記は自分の日記に似たものを読む。

 というものだ。そしてここから次の仮説が導かれる。これが相思相愛仮説である。

【仮説2】 ある人がある日記を自分の日記に似ていると判断したならば、実際に似ている確率は高いので、相手の日記作者もまた同じように判断する確率が高い。したがって双方の日記書きはお互いの日記を読み合う確率が高くなる。

 実に面倒くさい言い回しをしてしまったが、これは研究者の悪癖である。研究者には、人生にまったく関係ないことを人生をかけて探求するなどのさまざまな悪癖があるが、分かり切ったことを持って回ったいい方をするのは最も害の少ない悪癖である。不良助教授や極悪非道助教授と呼ばれる人のことを考えれば、見逃してあげるべきであろう。

 しかし富山大学の向後千春助教授はこの仮説はもっと厳密に定義されなければならないと、次のように語る。ちなみに、彼もたまたま助教授であるが、悪い噂は聞いたことがないと人は言う。その人とは本人なのだが。

 二つの日記を似ている(あるいは似ていない)と判断するときの基準に何を用いるかが特定されなければならない。少し考えただけでも次のような基準があるだろう。

  1. 日記の内容
  2. 日記のスタイル
  3. 日記作者の属性

 第一に、日記の内容である。つまり、何を主な話題として書いているかという基準である。たとえば子育て日記のように子供のことを中心に書いている日記は、やはり子供を持っている人たちが読みに来る確率が高い。しかし一方で、女子高生の赤裸々な生活を綴った日記は、それとはまったく違った人種、すなわちオジサンと呼ばれる種族が好んで読みに来るのも事実である。この点田口仮説はどう説明するであろうか。

 日記の内容といえば、批評系日記、あるいはイチャモン系日記はまったく別の理由から多くの読者を集める。それはカオス理論でいうところのストレインジ・アトラクターである。ふらふらと日記から日記へと渡り歩く人々は批評系日記に吸い寄せられるように集まり、またあてのない日記巡りへと出かけていくのである。批評系日記を書く人はあらゆる日記をまんべんなく見ているという行為によって、あらゆる日記書きを吸い寄せる。この点で相思相愛が成立しているように見えるが、むしろ特定の人を相手にしていないという意味では、「批評系日記書きの博愛主義」と呼ぶべきではないだろうか。

 第二に、日記のスタイルである。文体といってもいいだろう。これは日記の内容と関係している場合が多いが、独立に操作できる変数である。たとえば、ですます体で書かれた日記は、ですます体の日記書きが読みに来るし、である体の日記は、である体の日記書きが読みに来る確率が高い、と田口仮説は予測する。しかし、困るのは文体が変動する場合である。本人が気づかないうちに、ですます体からである体に、そしてまた、ですます体へと変化するという例がある。この場合はそのたびに読者層が変動するのであろうか。

 しかし、このような文体が影響するのかどうかを実験的に検討するのは比較的容易である。同一の内容を、ですます体で書いたページと、である体で書いたページの両方で用意して、どちらのページにどのような人がアクセスするのかを調べればよい。この方法は、黒地に白文字のページと、白地に黒文字のページの比較や、アースカラー調ページと、パステルカラー調ページの比較、また、原色系ページとモノクロ系ページの比較など、同じように適用できるので興味のある方はぜひ実験していただきたい。

 最後に第三として、日記作者の属性そのものがきいている可能性がある。私が見るに、これが一番大きいのではないだろうか。たとえば、私の日記は「ちはるの〜」とついているせいで、作者を女性と勘違いしている女性読者がいるようだし、また作者を大学生だと思っている大学生の読者もいる。さらには、作者を大学教員だと思って読みに来る大学教員も、私の知る限り少なくとも二人はいるようである。また、いうまでもないが、私を男性だと思って読みに来る男性も多いのである。このことから幅広い読者を得るためには、日記作者はさまざまな顔を持つことが必要であることがわかる。

 さて、長々と書いてしまったが、「日記の相思相愛仮説」が、まだ生まれて間もない「Web日記学」の新たな地平を開くことに貢献するのは、私の目に狂いがなければ、間違いがない。今後の展開が注目される。