2024年3月11日(月)
東日本大震災から13年の今日ということで、13年前のブログを再録してみる。
あの日私は羽田空港にいて飛行機への搭乗待ちでした。飛行機は欠航となり、さらに首都圏の交通網はダメになり、帰宅難民になりました。空港の床に段ボールと毛布で一泊したのですが、それでよかった方なんだと思いました。
NHKの特番を見ていたら、津波の被害を受けた人が「自然の前では無力」ということを言っていた。人間には制御できるものとできないものがあるわけで、原発は制御できるはずだったが、いったんそれが崩壊すると手がつけられないままに13年がたっている。
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2011-03-12:空港で一泊
地震で被災された方々にはお見舞い申し上げます.また,福島原発での爆発も気がかりではあります.
昨日は,大阪に行くために羽田発のJAL便への搭乗を待っていたところでした.テラスのようなところで,杏仁豆腐を食べていたら,揺れが来ました.天井はガラス張りっぽかったので,上を見ていました.しかし,いざという時になると動けないものですね.しばらくそのままイスに貼り付いていました.噴水の水はざぱんざぱんいって,あふれてフロアーに広がりました.
滑走路のチェックをして問題なしということで飛びそうだったのですが,飛行機が揺れたときにドアを損傷したということで欠航になりました.そしてそれ以降の便は次々と欠航が決まりました.ほどなくして,テレビで津波の様子が映し出され,大変なことになったことを知りました.
リムジンバスも,東京モノレールも,京急も,すべて止まりましたので,空港で一夜を明かすことになりました.まず,段ボールが配布され,そのあとに毛布が配布されました.そうした手順については,さすがに空港だけあって,スタッフの方々はよくトレーニングされているなあと思いましたね.
翌日,モノレールと京急が動き出しました.すごい混雑だったのですが,大江戸線と西武線を乗り継いで無事自宅に着きました.