KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

M. J. Wolf『「遊び心」の経済学――あらゆるビジネスは娯楽へ変化する』

「遊び心」の経済学―あらゆるビジネスは娯楽へ進化する

「遊び心」の経済学―あらゆるビジネスは娯楽へ進化する

 M. J. Wolf(楡井浩一訳)「「遊び心」の経済学――あらゆるビジネスは娯楽へ変化する」(徳間書店、1999、1800円)を読んだ。確か赤尾さんのページを読んで注文したんだったかな。最近は、新聞や雑誌の書評を読んで本を注文するのと同じくらいの頻度で、個人のWebページでの本の紹介を読んで本を注文しているような気がする。これは、この本に出てくる「アルファ消費者」による口コミ効果であるといってよい。アルファ消費者というのは、業界の事情通であり、時代を先取りする人間のことで、この人たちの口コミが大ヒットの起爆剤になるとされている。

 さてこの本は、ビジネスを成功させ、ヒット商品を生み出すためには、エンタテイメントの中身とエンタテイメント体験が必要だということを、数多くの事例をもって明らかにしている。このエンタテイメント体験のことを「ファクターE」と呼んだ。たとえば、バーンズ&ノーブルという書店では、ソファをしつらえ、スターバックスコーヒーが飲めるようにして、バーゲンセールで人を集める本屋ではなく、「本を体験する場」に生まれ変わった。ファクターEは製品や商品そのものではないが、その印象を強め、購買意欲を刺激するために現代のビジネスで不可欠なものとなっている。

 このファクターEを中心的なアイデアとして、さまざまな事例が取り上げられる。その大部分はアメリカのものなので私には少々退屈だったのだが、たとえばマイクロソフトが市場を圧倒している中で、なぜアップルの製品を使い続ける人たちがいるのかということについて、そこには「楽しみの重要性」が効いていると指摘するところなどは、なるほどそうかなと思わせた。日本でもそうだが、最近のテレビコマーシャルは、商品の説明をしないで、商品とは関係のない続き物のストーリーとして作られているものがある。商品そのものよりもストーリー、つまりファクターEが重要になってきているというわけだ。

 ファクターEというアイデアを読んで、私の興味は「教育におけるファクターEはどうなるのか」ということに当てられる。アメリカではすでに「エデュテイメント」というコンセプトでたくさんのゲーム仕立ての教育ソフトが売られている。これについては、本の最後の方で「教育と娯楽の一体化」という見出しの節で少しだけ触れられていた。その中から引用すると:

エンタテインメントが教育用ソフトウェアの差別化の大きな要素となっていくだろう。(…)では、完全にバーチャルなハイスクールがいずれ誕生するだろうか? おそらくそんなことはないだろう。いずこの世界でも同じように、この世界でもエンタテインメントは、何かの代替品にはならず、さまざまなものを組み込んだ、より大きなものの一部になる。それは、ビデオが映画に取って代わることなく、むしろ映画の勢いに拍車をかけたのとちょうど同じだ。

より上級の学位を取るために大学に戻る大人が増えるいっぽうで、エンタテインメントに支えられた教育は、教室での授業がすべて終了したあともずっと続くと私は見ている。ラーニング・チャンネルやディスカバリー・チャンネル、A&E、ヒストリー・チャンネルはしだいに、教育的なコンテンツを大人に届ける役割を果たすようになってきた。

 ファクターEはこれからの教育において無視することはできない。ただし、どのような問題設定、学習環境、学習者グループ、教師(は必要なのか?)を配置すればファクターEのある教育になりうるのかは、この本からの回答はない。それは、失敗の山から少数の成功例が出てくるビジネス社会と同じ原理により、教育現場での多くの試行錯誤が必要なのだろう。その成功例を共有することはできるけれども。