KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

Pasporta Servo二組目のお客様---RolandとDana

 はたして、DanaとRolandは来たのであった。5月8日土曜日夕方4時過ぎに電話があって、富山駅に迎えに行く。Danaは、実はブルガリア人で、イギリス人のRolandと文通をして結婚したとのこと。サザンプトンの大学に通う娘さんがいる。日本には、3月20日に来て、二ヶ月間の旅行だ。関西空港に着いて、九州、中国、四国をまわり、東京、松本、富山まで来た。この後は高山、彦根とまわって、関空からルフトハンザで帰る。もうかなりの歳のはずだが、タフなふたりである。これまで、エスペランチストのところに泊まったり、ホテルに泊まったりしてきたようだ。

 一日目は二人で金沢を回り、二日目は富山市内を歩く。二人はとにかく「歩く旅」のタイプで、Japan Rail Passを駆使してどこにでもいってしまうので世話がいらない。このパスは、JR乗り放題で、新幹線も乗れ、しかも指定席もただで予約できるというものだ。二ヶ月有効で6万円足らずであるから、こういう旅にはお得である。ヨーロッパには昔からユーレイルパスというのがある。

 pasporta servo(パスポルタ・セルヴォ)については、chiharuNews vol.1(13)で説明した。エスペラントを話す人たちの旅行ネットワークである。前回は、1996年10月にドイツからGeraldをお迎えした。今回は二組目のゲストということになる。ならせば二年に一組のゲストが来たことになるから、いいペースである。全く来なくても寂しいし、逆に三ヶ月に一組でも来たなら、とても世話ができないだろう。

 久しぶりにエスペラントでの会話を楽しんだ。おしゃべりなDanaと、めったに口を挟まないが、しっかりしたエスペラントを話すRolandである。Danaが言っていたのだが、「こうして話していると、ずっと以前から知り合いだったような気がする」と。そう、いつもエスペランチストと会うと不思議な思いにとらわれる。ただ同じ言葉を話すというだけで、初対面にもかかわらず、どうしてこうも親しくなれるのだろうか。

 それは、現実社会ではほとんど利益のない行為であると思われている「エスペラントを話せるレベルまで学ぶ」という努力を今対面している相手があえて行ったという共通の認識に基づいているのだろう(以前書いたようにエスペラントを十分に話すようになるためには、誰でも五千時間あれば十分である)。これがたとえば英語であったなら、成立しない。英語を学ぶことは現世的な利益と直結しているからである。それゆえ、せっかく英語を一生懸命学んでも、ニューヨークの街角では、話しかけても友達になれるどころか、場合によってはへたくそな英語とバカにされるだけだ。

 エスペラントの秘密はここにある。世界中の人が自分の母語以外にもうひとつ共通の言葉を話せたら、どんなにお互いの理解が深まるだろうか、という夢の具体化がエスペラントだ。そしてそれはおそらく夢のままで終わる。確かに、世界のレベルで見れば、夢のままで終わる。「全人類」がエスペラントを話すことはけっしてないだろう。しかし、私個人においては、すでにこの夢は現実のものとなっているのである。DanaとRolandと私の間では、何の不思議もなく、あっけないほどに、夢は実現となっていた。

 秘密はこれだ。夢は個人のレベルで実現化する。しかし、世界のレベルではけっして実現しない。個人レベルではエスペラントはよくできたミームであり、けっして死滅することはない。しかし、エスペラントが広まりすぎて、多くの人が使い、それゆえに現世的利益をもたらすものとなったときに、エスペラントの秘密はなくなる。だからそれ以上は広まらない。したがってエスペラントは永久に少数派のものでありつづけるだろう。それを認識したときに、エスペラントが少数派ではあるがけっしてそれ以下にはシエアを落とさない、価値のあるものとして、生き延びる方略が見えるのではないか。