KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

ラーニング・サイエンス:Bransford講演

 日本心理学会の二日目には認知心理学者として有名なBransfordさんが講演した。彼は先進的な教育実践、ジャスパー・プロジェクトの中心的人物でもある。ジャスパーについては、鈴木克明さんがレビューしているのでこちらを参照して欲しい:鈴木克明「教室学習文脈へのリアリティ付与について〜ジャスパープロジェクトを例に〜」(教育メディア研究, 2(1), 13-27, 1995)

 アメリカでは5年ほど前からLearning Sciences(学習の科学-複数形)として、いろいろな領域の研究者が手を組んで研究を進めている。教育の研究としてはこれまでに次の5つのアプローチが取られてきた。

  • 教授法の比較
  • 思考スキル
  • コア知識
  • エキスパート・モデル
  • 適応型エキスバート

 教授法として、レクチャー、ドリル、プロジェクトベース、協調学習、テクノロジーベース、などさまざまな方法が開発されてきた。しかし、これらのどれがいい方法なのかという問いは「誤った問いwrong question」である。ラーニングサイエンスはたとえばレクチャーが「どういうときに効果的か」を明らかにする学問である。

 レクチャーという形式の問題点は、受講生が自分の知っていることだけをベースに理解するので、それが話し手のものとは大きく違ってしまう可能性があることである。この危険性をはっきりさせた上であれば、物事を整理するときにレクチャーは効果的なのであり、いつでもダメというわけではない。こうした見方がラーニングサイエンスである。

 2番目のアプローチして、思考スキルが大切なのだと言われてきた。たとえばトマトを傷つけないように機械で摘み取ることを考える。すると次のような解決案が出てくる。

  • そういう機械をなんとかして作る
  • 機械で摘んでも痛まないような皮の厚いトマトの品種を作る
  • 家で作れば機械は必要ない

 しかし、こうした一般的な思考法を学んだとしても、さまざまな特殊ケースに応用できないことがしばしばある。

 これに対抗して、anti-thinking movement(反思考運動)が出てきた。つまり、基本的なコア知識こそが大切なのだという主張である。これに基づいてコアカリキュラムの考え方が台頭した。しかし、これに従うと、使えない知識inert knowledgeの集成になってしまう危険性がある。つまりコア知識の統合ができないということだ。

 4番目のエキスパートアプローチは、人間の知識は組織化されているということを念頭に置いている。それで、課題ベースあるいはケースベースの学習をさせていくというものだ。これによって実社会の問題をベースにした学習がされる。しかし、これでは新しい問題を適応的に解くことができない。そこで、「熟達」についての暗黙のメンタルモデルを取り入れたものが適応的エキスパートモデルである。

 これからの研究課題として次の4つのトピックが考えられるだろう。

1. Self-assess, Control own learning

自分で評価しながら、自分の学習をコントロールしていく。評価のためにはたとえばシミュレータのようなものが有効。

2. Learning by teaching

教えることで学ぶ。他人に教えるだけではなく、コンピュータのシミュレータ人間に教えるということも。

3. Sequestered problem solving

「隠遁型」問題解決。転移と評価(transfer & assessment)を新しく概念化する。つまり、問題解決を目の前の問題だけでなく将来の問題を解くための準備としてとらえること。

4. Increased appreciation for diversity and distributed expertise

多様性と分散化したエキスパタイズへの注目。Aという人とBという人とが直接やりとりするというcontact hypothesisを超えて、A, B以外に何かを利用したり、媒介にしたりすること。

 私の感想。例の「風船スピーカー」の実験で有名なプランスフォードの話を直に聞けて感動した。三宅なほみさんの超人的通訳も最高であった。意外だったのはひとつ、ふたつくらい質疑ができる時間があったのに、質問が出なかったこと(著名な認知研究者がいたにもかかわらず。きっと彼らも感動していたのかも)。私は本会場が満員のため別室の中継室で聞いていたので質問できなかった。質問したかったとすれば次のこと。

 認知心理学は、表象やスキーマといった概念を足がかりにして進展してきた(たとえば風船スピーカーの実験)。しかし、その実体は何かということはいまだわかっていない(その機能は少しずつ)。ジャスパー・プロジェクトでキー概念とされたcollaborationやcommunityということも実はそれと同じような気がする。実体は何かがわかっていない。しかし、重要な機能を果たす。ポイントは、collaboration, communityといったものが、どういうときにうまく働くのか、あるいは逆に妨害となるのかを明確にしていくことではないのだろうか。現在の研究の流れをみると、それらの良い点ばかりが取りあげられている。それは、研究の「第二種の過誤」を偶然以上に存在させているように見える。