KogoLab Research & Review

遊ぶように生きる。Vivi kiel Ludi.

歩きお遍路に行きたい

 ここ数年間、お遍路さんに行っていない。四国八十八札所を歩いて回るグループに参加していた。納経帳を見て確認してみたら、まだ十七番の井戸寺までだった。ほんの入り口ではないか。このペースでは、死ぬまでに全部を打ち終わらないかもしれないということに気がついた。

 ただ歩く、歩く、歩く。札所にきたら読経をして、納経してもらう。そして、歩く。ただ歩く。暗くなったら宿に泊まり、明るくなったら、また歩く。そんなことを3日から4日続けて、暮らす。それは修行であり、瞑想でもある。

 私は宗教的な人間ではない。しかし、お遍路に行くと、人生について考えないわけにはいかない。歩いているときはそんなことは考えないのだが、お遍路から帰ってくると、考えてしまう。今これを書いているときも、それはいったい何なのかを考えてしまう。特に答えはない。逆に、答えを求めないために、歩いているような気がする。足が動くと、頭はぴたりと止まるのだ。

 近いうちに歩きお遍路に行きたい。